東京地方裁判所 昭和25年(モ)3852号 判決
債権者 瀬間廣吉
債務者 佐藤国雄
一、主 文
当裁判所が、債権者及債務者間の昭和二五年(ヨ)第三〇一二号不動産仮処分申請事件につき、同年八月三十日なした仮処分決定は、これを認可する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
二、事 実
債権者代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その理由として
(一) 債権者は東京都品川区大井林町百九十九番地上に、木造鉄板葺平家事務所、建坪六坪二合五勺、同倉庫建坪九坪、便所五坪及居宅五坪一合二勺(以下本件家屋と称する)を建築所有して居り、その位置は京浜線鮫洲駅の東側十間位のところにあり、その前面南側は旧京浜国道(東海道)と新京浜国道とを東西に連絡する幅約四十二尺の道路に面し、その道路敷地(以下本件道路という)は公簿上私道(同区同町三百三十三番地の五、三百三十一番地の四)となつて居り、元山内及伊達候爵が所有していた。
(二) (1) 昭和二十五年六月二十五日、本件道路を買受けたと称する債務者は、その南側一帶に家屋を建築すると称して木柵を設け、六月二十七日に至り、本件家屋及これと並んでいる申請外菱倉きみ、菱倉留吉、丸岡てる、角田三十郎、高橋芳江、高松晴三、高橋誠一等の各家屋の前面に、電柱迄の距離を距てゝ、高さ約四尺の木柵を設けた。(2) そこで債権者及右申請外者等は所轄大井警察署並品川消防署に、右の木柵により家屋への出入が阻まれる事情を述べたところ、各係員は現場を臨檢し、債務者をしてその木柵を取除かしめた。
(三) (1) 然るに昭和二十五年八月十七日午後四時頃、債務者の代理人と称する橋口良秋は債権者に対し、「債権者の家屋前面に塀を建てる」というので、債権者は、これを拒んだところ、「この前の木柵で損をしたから、この土地を百万円で買つてくれ」というので、これも断つたところ、(2) 間もなく債務者は、鮫洲駅の東南端から債権者の本件家屋の前面軒先一杯に約三尺を距てゝ長さ約六十尺、高さ六尺の板塀(以下本件板塀という)を建てた。
(四) そこで、債権者は債務者に対し、占有保全及妨害排除の訴訟を提起すべく準備中であるが、本件板塀があつては、債権者は営業ができないし、出入も困難であるので、仮にこの急迫した強暴を防いで、本件家屋に対する債権者の占有権を保全する爲
(五) 債権者は昭和二十五年八月二十八日、東京地方裁判所に対し、債務者を被申請人として、本件板塀に対する債務者の占有の解除、東京地方裁判所執行吏の保管、債務者に対し決定送達の日から三日内に板塀除去方の命令、債務者が不履行の場合は執行吏の代執行、債務者が本件家屋の南側に板塀その他本件家屋の占有を妨害する工作物の設置及債権者の本件家屋の占有を妨害することの各禁止の仮処分を申請したところ、同裁判所は同年同月三十日、債権者をして債務者の爲担保として、三万円を供託せしめて、その旨の仮処分決定をした。
(六) そうしてこの決定は、既に執行されたとはいえ、債務者に於て更に本板塀を再建しようとする恐があるから今日も尚その決定を維持する必要があり、その認可を求める。
債務者の仮定抗弁については、本件板塀の二箇所に出入口が設けられてあつたことは認めるけれども、間もなく西側の出入口は閉ぢられた。その他の債務者主張の事実は全部これを否認する。本件板塀の設置は本件道路に対する所有権の正当な行使の範囲を逸脱するものであると述べた。<立証省略>
債務者代理人は「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。本件仮処分申請を却下する」との判決を求め、答弁として、
債権者主張の事実中、前記(一)、及(五)の各項に於て主張する事実はいずれもこれを認める。(三)の(1) 項に於て主張する事実は知らない。その余の債権者主張の事実は全部これを否認する。但し債権者主張の各日時、その主張の各場所に於て、その主張のような木柵が設けられ、撤去せられたこと、本件板塀が設けられたことは、いずれも認める。然しそれは債務者が設け、或は撤去したものではない。債務者は本件道路について、所有権も占有権も有しているものではない。本件道路は債務者の妻申請外佐藤チヨノ、大坪秀子の共有であつて、本件板塀も同人等が設けたものである。
仮に債務者が本件板塀を設けたとしても、それは債権者が右申請外者の共有である本件道路の内、本件板塀で囲まれた約三十坪を不法に占有して居り、右共有者両名が、それに商店街の廣告を貼る目的で、建てたものであり、而もその二箇所には債権者方に出入する爲、幅三尺の出入口が設けられてあるから、本件板塀の設置は債権者に何等損害を蒙らしめるものでなく、右共有者の正当な本件道路に対する所有権の行使であり、債務者は同人等の爲これを設置したのであるから、その除去を命じた本件仮処分決定は失当であると述べた。<立証省略>
三、理 由
債権者がその主張の土地に本件家屋を建築所有して居り、その位置が京浜線鮫洲駅の東側十間位のところにあり、その前面南側は、旧京浜国道と新京浜国道とを東西に連絡する幅約四十二尺の本件道路に面し、それが公簿上元山内、伊達両候爵家の所有であつたこと、昭和二十五年六月二十五日に、本件道路の南側に、同年同月二十七日に、その北側の本件家屋及これと並ぶ菱倉きみ外数名の各家屋の前面に、高さ約四尺の木柵がそれぞれ設けられたが、その後それが撤去せられたこと、同年八月十七日、債権者の本件家屋の前面軒先一杯に約三尺を距てゝ長さ約六十尺、高さ六尺の本件板塀が建てられたことは、本件当事者間に爭のないところである。
その成立に爭いのない甲第十三号証の記載、債権者本人訊問の結果及その結果により眞正に成立したと認める甲第六号証、同第十号証、同第十二号証の各記載、現場の写眞たることに爭のない同第八号証の写眞を綜合すると、債務者は昭和二十五年八月二十九日当裁判所にその代理人を通じて提出した上申書に於て、本件板塀を債務者がその権利を擁護する爲に建てたことを認めているのであつて、本件板塀は紛れもなく債務者の設けたものであることが認められる。尤も乙第一号証の一、二、同第二号証及同第三号証の各記載によれば、本件道路の買受人は債務者の妻申請外佐藤チヨノ、債務者の友人の妻大坪秀子の両名であり、同人等が建築許可の申請をし、又本件板塀の建築を申請外柴田組等に請負わしめたものであることが認められないではないが、前記採用した甲号各証に徴すると、それは右両名を何等かの理由で土地所有名義人とした爲、さような形式をとつたに過ぎないことが看取できるからこれを以ては右認定を左右することを得ない。又この認定と異る債務者本人訊問の結果は、右各疏明資料に照して到底信用することができないのであつて、その他にこれを左右するに足りる資料は無い。
次に債務者の抗弁について判断する。債務者は本件板塀の設置が、本件道路の共有者の所有権の正当な行使であり、債務者は共有者の爲これを設置したものであると主張するけれども、債権者及債務者各本人訊問の結果に徴すれば、右両名が本件道路を買受けた動機は、その全部に家屋を建築するものでなく、その南側の土地及これに隣接する土地にマーケツトを建築するに在つたが、当初からその中央を道路敷地として割かなければならぬことは当然予想されたことであり、事実本件道路の中央に東京都建築局指導課から、幅六米の道路敷を私道として残すことを要求され、それを控除した結果、その北側即ち、債権者の本件家屋に接する側には、僅かに幅三尺、長さ六十尺の帶状の地帶が残つたのであるが、その部分も債権者は勿論、一般通行者は道路敷として事実上使用していたことが一應認められる。
そうして本件板塀の写眞たることに爭のない甲第七号証の一ないし三、乙第四号証の各写眞、債権者本人訊問の結果によれば、債権者は鉄材販賣商であつて、店員九名を使用していたのであるが、昭和二十五年八月十七日、本件板塀が設けられて以來、材料置場に鉄材をトラツクで運び入れることができず、債権者は債務者に対し約四間の表門に相当する部分に出入口を設けることを要求したが、債務者はこれに應じなかつたこと、債権者は大井警察署係員に右の事情を訴えたけれども、係員はそれは民事事件であるといつて取上げてくれぬので、四、五日途方に暮れていたが、結局姫野弁護士に解決方を依頼したこと、その間も債務者の代理人と称する橋口良秋が債権者方に來り、同人に対し、本件土地を百万円で買つてくれと要求し、債権者がこれを断ると、本件板塀の二箇所に設けられた出入口の内西側の出入口を塞いでしまつたこと、その結果、債権者は昭和二十五年八月十七日本件板塀が建てられてから、同年九月三日、本件仮処分決定の執行によりそれが除去される迄、本件家屋中の倉庫及空地への鉄材の出入が極めて少量に限られ殆ど休業状態にあつたことが一應認められる。
債務者は本件板塀を建てたのは、その上に本件道路の南側にたてられたマーケツトの廣告を貼る爲であると弁疏するけれども、マーケツトの廣告を、五間と離れない目前の債権者の家屋に、板塀をはりめぐらして、貼る必要は少しも認められない。本件板塀設置の目的は、通常の家屋の板塀に見るように、債務者等がたてたマーケツトを囲繞することに在るのでなく、幅六米の私道を超えた北側に建てられたものであるから、道路の南側に建てられたマーケツトは、これによつて少しも保護或は遮蔽の効果を受けないのである。
さような場合、本件道路中、道路敷を控除せられた結果、債権者の本件家屋の前面に残つた幅三尺長さ六十尺の帶状の土地に、所有権の行使なりと主張し、而もその建設によつて、債権者が鉄材の運搬、出入れに直ちに困ることが当然予期せられたに拘らず廣告貼付に藉口して、債権者の本件家屋の前面全部に亘つて、それへの出入を阻止し、家屋を隠蔽するような板塀を設けることは、穩当でないことは明であり、所有権行使の濫用といつて差支ない。從つて本件板塀の設置を以て本件道路共有者の所有権の正当な行使なりとする債務者の抗弁は、失当として排斥を免れない。
そうして債権者が本件家屋の所有者で同所に於て鉄材販賣商を営んでいること、本件板塀は、幅三尺の出入口が当初二箇所、その後一箇所設けられてあつたとはいえ、その家屋の前面を全部遮蔽したものであるのみならず、それによつて、債権者は本件家屋内への鉄材の運搬出入れが妨げられたことは、右認定のとおりであるから、債務者は本件板塀の設置によつて、債権者の本件家屋に対する占有を妨害しつゝあつたものといわなければならない。然るに債務者は、その本人訊問の結果によれば、もしも本件仮処分決定が取消されゝば、本件板塀のあつた箇所に、再び板塀を設けて、マーケツトと廣告を掲げる意思であることが認められるから、本件仮処分決定中板塀の除去を命じた部分はもとより、債務者に將來かゝる板塀の設置、又は債権者の本件家屋の占有を妨害する工作物の設置の禁止を命じた部分も、いずれもこれを命ずる必要があつたし、又今後もあるのであつて正当であるといわなければならない。よつて本件仮処分決定を認可し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五條本文第八十九條を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)